Neurogeneralist

神経内科と一般内科の融合を目標に日々の学びを綴ります。記事の内容に誤りなどがありましたら是非ご指摘ください。また、当ブログの内容は個人のメモとしての要素が強いため、実臨床への反映は個人で吟味の上でお願いします。

Wilson病①−症候

前回の記事で、Wilson病は治療可能な疾患であるため、神経内科医も一般内科医も知っておくべき疾患であると述べました。

そこで、Wilson病についての簡単な勉強をしてみましょう。

 

Wilson病が大切な理由

Wison病は、脳の他にも、肝臓や眼も障害されることも多く、また、精神症状などが前面に出る場合もあり、科を問わず遭遇する可能性があるのです。
しかも、他の多くの遺伝性疾患と異なり、Wilson病には治療法が存在するため、早期発見・治療開始によって予後やADLを大きく改善することができるという点で極めて重要な疾患と言えます。
Wilson病について学びたい!って思ってもらえましたか?
そうは言っても滅多に出会わないでしょう?って思われるかもしれません。
実は、もしかするとそう珍しい病気ではないかもしれないという報告もあるんです。

 

Wilson病の原因・疫学

Wilson病は第13番染色体上にあるATP7Bという遺伝子の異常で生じる常染色体劣性遺伝の形式をとる遺伝性の銅代謝異常疾患です。
1912年にSamuel Alexander Kinnier Wilson先生によって報告された疾患です。

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Samuel Alexander Kinnier Wilson(1878-1937) 画像はWikipediaより
ちなみに“錐体外路”という概念の提唱者であり、医学雑誌JNNP(Journal of Neurology, Neurosurgery & Psychiatry)の創刊者でもあります。

有病率は1/30,000〜1/100,000と報告されてきました。
ほ〜ら、“万が一”の病気じゃないか、と思われるかもしれませんが、
これにはまだ続きがあります。
これらの有病率が推定された頃は遺伝子検査の手法もあまり確立されておらず、また、遺伝性疾患なので地域によって偏りがある可能性もあるため、これらの数字は皆さんの目の前に現れる患者さんについては当てにならない可能性があります。
実際に、日本からの報告で、小児科外来の2789名の1〜6歳の外来患者(Wilson病としては無症候)でセルロプラスミンを測ってみたら2名ほど低下している小児がいて、遺伝子検査をしたら、ATP7Bに遺伝子異常が見つかったという報告があります。(J Inherit Metab Dis. 1999; 22: 74-80.)
この報告の数字だけ見れば1/1,500となります。もちろんこの数字を鵜呑みにはできません。(報告にもパイロットスタディと明記してあります。)
しかし、今まで報告されてきた数字に安心することもできないかもしれないとも言えます。
Wilson病って意外と身近な病気なのかもしれない、だから自分も勉強しておかなきゃと思っていただければ幸いです。


Wilson病の症状ってどんなもの?

Wilson病の症状は多岐にわたります。全て覚えるのは無理ですので、イメージだけつかんでもらって、実臨床において、これはもしかするとWilson病かも?って思ったときに教科書などを開き直してもらえれば良いと思います。

Wilson病では本当に様々な症状を来すのですが、
特に頻度が高いものは、
神経症状肝機能障害眼症状精神症状の4つです。

 

以下がWilson病で生じる主要症候だそうです。
(覚える必要はなく、全体像をイメージできるかが重要です。それができるように、
この後、説明を加えます。)

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Lancet. 2007; 369: 397-408.より引用


これらの症状のいずれかが20〜30歳くらいに生じてくるというのが典型的です。(若者の病気)

しかし、40歳以降に発症する例も少数ですが(3.8%:46/1223例)あるようです。(Gastroenterology. 2007; 132: 1294-8.)

さらに、70歳前後に症状が初発したと思われるWilson病の報告もあります。(Hepatology. 2005; 41: 668-70.)

逆に、早期発症例も報告されていて、現在報告されている中で、最も早期に発症したWilson病の症例は肝機能異常で気づかれた生後9ヶ月の症例だそうです。(World J Hepatol. 2013; 5: 156-9.

 

若者の病気というイメージは間違いないけれども、どの年齢層で起こってもおかしくない病気だということは覚えておかないといけないですね。

 

傾向としては、成人発症例は神経学的異常で気づかれることが多く、小児発症例は肝機能異常で気づかれることが多いとされていますが、
これは、肝臓は沈黙の臓器だけに病院にかかって血液検査をしないと異常に気づけない(ある程度の年齢を超えるとあまり病院に行くことも少なくなりますよね。)ということと、小児は成人のように神経所見が上手くとりにくいし、訴えられないということも影響していそうですね。

 

Wilson病の肝症状

肝臓の異常というのはAST、ALTといったトランスアミナーゼの異常のみ(無症候性)から肝硬変(慢性肝障害の末期像)、もしくは急性肝不全まで幅広く生じます。
このことを知らないと、急性肝不全で来院されてもWilson病なんて夢にも思わないかもしれません。
また、神経学的異常で受診した患者さんも無症候性の肝機能異常を合併している例が多いようです。

 

つまり、神経学的異常で来院した人が、よくわからない肝機能異常を合併していた場合はWilson病を頭の片隅に浮かべる必要があるわけです。
また、年齢が若めで、基礎となる原因がよくわからない肝硬変や肝性脳症などを見た場合にもWilson病を考えると良いかもしれません。

 

参考までに、過去のcase seriesからWilson病の肝臓関係の症状の頻度をまとめた表を載せます。

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J Hepatol. 2012; 56: 671-85. より引用

 

ただし、(当時は)簡単に診断できる病気ではなかったこともあるため、報告によって頻度の数字に幅がありますので、頻度などは参考にとどめてください。

確かに症状に幅があるなぁと感じていただければと思い、引用しました。
症候の記事なので、割愛しますが、溶血性貧血というのも見逃せない所見だと思います。

Wilson病の神経症状

本記事のメインコンテンツ(の予定)の神経症状です。

ごちゃごちゃなりやすいので、まずWilson病の神経症状のイメージがつかめるように先にoverviewを掲載します。

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Wilson病の神経学的3徴は、
ジストニア+失調+パーキンソニズムと言われています。

 

ジストニアはWilson病の少なくとも1/3で認められます。
ジストニアと言っても様々なタイプがありますが、Wilson病ではどんなジストニアでも起こっても良いようです。
ただし、頚部のみのジストニアを呈するのはまれとされています。(Mov Disord. 2001; 16: 286-9.)

ジストニアに限らず、不随意運動はどんなものでも生じる可能性があります。
前回の記事で紹介したwing-beating tremorの他にも安静時振戦、動作時振戦、企図振戦も生じます。“振戦”のたぐいでは、ジストニアに伴う不規則でぎこちない振戦であるdystonic tremorが特に多いとされています。

(Wilson病ではありませんが)dystonic tremorのイメージ動画


2.11. Dystonic Tremor - Tremors [Springer Video Atlas ...

 

そして、失調も重要な症候です。
失調=小脳異常と考えがちですが、必ずしもそうではありません。(この話はまた機会を改めます。)
Wilson病における失調は小脳の障害ではなく、下肢のジストニアや動作時におこるジストニアによる失調であることが多いようです。(必ずしも小脳が障害されなくても失調は起こるのです。)

パーキンソニズムは説明不要かと思います。
Wilson病は若めの“パーキンソン病の人を見たら頭に浮かべて欲しい疾患です。

他に重要な症候として、構音障害(垂直性)眼球運動障害もあります。

構音障害は、パーキンソニズムとしての舌の動きの低下や、顔面のジストニアの結果の場合もあります。(ここでもジストニアですね。)

垂直性眼球運動障害は電気眼球運動記録検査を行うと、85%(29/34例)で見られたという報告もあるくらいです。(J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2007; 78: 1199-201.
視野異常が出ない程度の軽微なものも多いようですので、実際の診察では実感される頻度はもっと少ないと思いますが、大事な症候です。

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J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2007; 78: 1199-201.より引用

錐体路障害は、腱反射は亢進することはあっても麻痺・筋力低下が生じることはまれだそうですし、感覚障害を生じることもほとんどないそうです。
こういった陰性症状も診断を詰めて行く上では重要です。

認知機能・高次脳機能は未治療だと全般的に侵されていきますが、適切に治療することができれば限定的に抑えることができます。

ちなみにWilson病で障害されやすいのは前頭葉から線条体に向かう神経路です。なので、注意欠損などが起こりやすいとされています。

Wilson病の眼症状

これはむしろなじみがある症候ではないでしょうか?(国試のおかげ?)

最も有名かつ重要な所見はKayser-Fleischer輪です。

角膜の辺縁部(正確にはデスメ膜)に銅が沈着し、角結膜移行部が黒色に見える所見です。ここまでは良いのですが、重要なポイントは我々日本人の多くは虹彩が黒いということです。(黒目などと呼んでいるくらいなので。)

なので、Kayser-Fleischer輪が出現していても肉眼的に見るだけでは気づけない可能性も高いです。なので、Wilson病のKayser-Fleischer輪の有無について述べるときは必ず眼科を受診し、細隙灯で観察してもらってください。

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Lancet. 2007; 369: 397-408.より引用

虹彩が黒くない、欧米人の写真であることに注意!

 

神経学的異常が主症状である症例ではほとんどの症例でKayser-Fleischer輪が陽性となります。肝障害が主症状である症例ではKayser-Fleischer輪が陰性の場合も多いということも知っておくと良いです。Gastroenterology. 1997; 113: 212-8./ Gut. 2000; 46: 415-9.)

原発性胆汁性肝硬変の症例など慢性の胆汁うっ滞がある症例では偽陽性となることがあることも頭の片隅にあると良いですね。

 

そして、ウンチクに近くなりますが、もう一つWilson病では重要な眼症状があるんです!

sunflower cataracts(訳すと“ヒマワリ白内障”)

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JAMA Ophthalmol. 2014; 132: 873.より引用

 

1922年にSiemerling とOloffによって報告された所見で、水晶体内に銅が沈着していることを示します。名前にはcataractsとありますが、実は、白内障ではありません。(視力低下も来しません。

基本的には細隙灯で観察できる所見ですので、内科ではお目にかかる機会は少ないですが、眼科の先生とお話する機会があれば、Kayser-Fleischer輪に加えて、sunflower cataractsはどうですか?と聞いてみてください。

 

これらの眼症状は治療を行うことで、消失・減弱する可逆的な症候ということも重要です。(治療が上手く行っているかのモニタリングの1つにもなります。) 

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A:診断時
B:治療開始から5年後

N Engl J Med. 2012; 366: e18.より引用

 

Wilson病の精神症状

最後に簡単に精神症状についても触れておきます。

Wilson病は前頭葉−線条体の経路が障害されやすいと述べましたが、確かに、画像所見でも前頭葉の萎縮が多いようです。(Neuroradiology. 2006; 48: 613-21.)

それを反映してか、心のブレーキが効きにくい状態にもなるようです。
そのため、易怒性脱抑制人格変化不安抑うつなどの精神症状の出現も多いです。(統合失調症のような症状Psychosisは少ないとされています。)

困ったことに、これらの精神症状が前面にでるパターンのWilson病もあるようで、精神科の病気と誤認され、診断が遅れている場合もあるようです。

一見、精神科に紹介したいような症状でも、よくわからない肝機能障害があったり、よくわからない神経症状があったりする場合は、Wilson病の可能性を疑ってみる必要がありそうです。

 

以上、簡単にですが、Wilson病の症候学をまとめてみました。

多臓器にわたって異常を来し様々な症候を呈するという認識ができ、さらに、ある程度侵されやすい部位・典型的な症候があるというイメージ・ゲシュタルトが伝われば幸いです。

 

次回は、これらの症候学の知識を用いてWilson病を疑ったときには、どのような検査をすれば良いのかをまとめてみようと思います。

 

Take Home Message

✓Wilson病は意外と身近にいるかもしれない!

✓Wilson病は、若い人に発症することが多く、多臓器を侵す疾患である!

✓特に頻度が高い症状は神経症状、肝機能障害、眼症状、精神症状!

✓肝障害は血液検査のみの無症候性から肝硬変や急性肝不全まで起こり得る!

✓神経学的3徴はジストニア+失調+パーキンソニズム!

✓眼症状はKayser-Fleischer輪とsunflower cataractsが重要!(必ず細隙灯で観察)

✓精神科疾患と間違えられているWilson病を拾いあげよう!

 

主な参考文献
  • Lancet Neurol. 2015; 14: 103-13.
  • J Hepatol. 2012; 56: 671-85.
  • Lancet. 2007; 369: 397-408.

 

 

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