Neurogeneralist

神経内科と一般内科の融合を目標に日々の学びを綴ります。記事の内容に誤りなどがありましたら是非ご指摘ください。また、当ブログの内容は個人のメモとしての要素が強いため、実臨床への反映は個人で吟味の上でお願いします。

Wilson病②−検査

さて、引き続きWilson病を疑ったときに行うべき検査について述べていこうと思います。 

Wilson病の診断スコア・アルゴリズム

まずはガイドラインでも採用されているWilson病の診断スコア・アルゴリズムを提示します。

2001年にドイツのLeipzigで行われたthe 8th International Meeting on Wilson’s diseaseで開発されたのでLeipzig scoreと呼ばれることがあります。

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J Hepatol. 2012; 56: 671-85.より引用

 

症候に関する項目はKayser-Fleischer輪、神経症状が含まれています。

これらについては前回の記事を参照ください。

 

そして検査所見として含まれているのは、
主要項目として、血中セルロプラスミンCooms試験陰性溶血性貧血で、
補助項目として、尿中銅肝臓内銅遺伝子変異です。

それでは、これらについて詳しく見ていきましょう。

 

いったい何を測れば良いのか?

Wilson病は銅が蓄積する病気ですが、銅と言ってもどこの銅を測れば良いのでしょうか?血液中なのか、尿中なのか、臓器内なのか、はたまた、銅の運搬を担うセルロプラスミンなのか…?わかりにくいですね。

 

Wilson病の原因遺伝子であるATP7Bが何をしているか考えてみると少しわかりやすくなります。

 

食事に含まれる銅は、腸管(主に十二指腸)から吸収され、門脈を経由して肝臓に到達します。そして、肝細胞に取り込まれ、ゴルジ体に運ばれ、そこでセルロプラスミンに結合し、血中に分泌されます。

ATP7Bは下図のように、肝細胞内でのゴルジ体内への取り込みと、(銅過剰の状態で)胆汁中への排泄を司ります。

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Lancet. 2007; 369: 397-408.より引用

 

つまり、ATP7Bに異常があると、銅はゴルジ体に入ることができないため、セルロプラスミンに結合して血中に分泌されることができず、肝臓内に蓄積してしまうのです。銅の蓄積が進むと肝細胞が障害され、そのなれの果てとして、セルロプラスミンに結合することなく、血中に銅が漏れ出してしまうのです。そして、適切な乗り物(セルロプラスミン)に乗っていない遊離銅は、不適切な場所に沈着してしまったり、普通は排泄される場所ではないはずの腎臓から排泄されてしまったりするわけです。

 

注:現在では研究が進み、さらに詳細が判明したり、理解されている内容も変わっているかもしれません。

 

以上から考えると、

Wilson病の病態として、

1.ATP7B遺伝子異常

2.血中のセルロプラスミンの低下(もしくはセルプラスミン結合銅の絶対量低下)

3.肝臓内の銅の蓄積

4.血中遊離銅の増加

5.尿中銅の排泄増加

が生じると考えられます。(進行はおおむね数字の順となるでしょう。)

 

これを踏まえると、確かに病気の進行の面からも、測定のしやすさの面からもセルロプラスミンの低下が主要検査項目となっている理由がわかります。

そして補助項目として、肝臓内の銅の蓄積や尿中銅の排泄増加が使われる理由もわかりますね。

 

遊離銅やセルロプラスミン結合銅は直接測定することができず、血中に含まれる銅の総和としてしか測定することができません。

遊離銅(µg/L)=血中銅ーセルロプラスミン結合銅

       =血中銅(µg/L)ー3.15×セルロプラスミン(mg/L)

と計算で仮想的に求めることになります。

そのため、セルロプラスミンの値に依存しますので、あまり検査として用いられることはありません。

 

なぜこれらの項目を測定するのか、どの項目が重要なのかがイメージできたところで、実際に使えるように、各検査項目の詳細を見ていきましょう。

血中セルロプラスミン

・基準値:0.2-0.5g/L

Wilson病では基準値の下限の1/2未満になるとされています。

すなわち、

・cut off値:血中セルロプラスミン<0.1g/L となるわけです。

 

しかし、検査には偽陽性偽陰性がつきものです。

セルロプラスミンは急性炎症に伴って合成が亢進するacute phase proteinであることが知られています。つまり、炎症が背景にあると上昇してしまうため、これらが重なると、Wilson病によるセルロプラスミンの低下を隠蔽してしまう可能性があります。(偽陰性

また、エストロゲンが過剰となる妊娠時経口避妊薬内服時にもセルロプラスミンが上昇することが知られており、これらも偽陰性の原因となります。

逆に、肝臓が重度に障害される病態がある場合はセルロプラスミンが合成できませんし、そもそも銅の吸収ができない場合は銅が肝臓に来ないので血中に出て行くセルロプラスミン量は減少します。また、本来はセルロプラスミンは腎臓で濾過されないはずですが、腎臓のバリアが破壊されているネフローゼ症候群では腎臓から漏れ出てしまい、血中のセルロプラスミンは低下します。

 

偽陽性(偽低値):重度の肝障害、吸収不良症候群、celiac病、ネフローゼ症候群、家族性無セルロプラスミン血症、ATP7Bのヘテロ変異(キャリア)

偽陰性(偽高値):急性炎症、エストロゲン過剰(妊娠、経口避妊薬など)

 

尿中銅

Wilson病の診断の補助項目として利用されていることに加え、
病気の進行において問題となる遊離銅の増加を反映するため、治療モニタリングとしても重要視されています。

 

測定は24時間蓄尿で、24時間における排泄量を評価します。

正常の場合は、尿中への銅の排泄量はほぼ0であるはずです。

一方で、未治療のWilson病では、尿中銅排泄量>100μg/24hr(1.6μmol/24hr)となります。

・基準値:ほぼ0

・cut off値:尿中銅>100μg/24hr(1.6μmol/24hr)

      小児・無症候性患者の場合、>40μg/24hr(0.64µmol/24hr)*

*小児Wilson病や無症候性のWilson病患者の場合は遊離銅の絶対量が少なく、尿中銅も少なめになることが予想されますので、これらの場合は、cut offを引き下げる必要があります。

 

尿中銅にも偽陽性偽陰性があります。

まず腎臓に異常があると、尿中銅の値はそもそも信頼できません。

ネフローゼ症候群のようにダダ漏れの状態では高値になるかもしれませんし、腎機能が廃絶していて尿量が少なければ排泄できず低値となるかもしれません。

また、遊離銅を反映するので、高度に肝臓が障害される場合偽陽性となります。

 

偽陽性:重度の肝障害、コンタミネーション、腎臓の異常(漏れる病態の場合)

偽陰性:小児患者、無症候性患者、腎臓の異常(尿が出せない病態の場合)

 

肝臓内の銅蓄積

診断の補助項目にありますが、これを測定するには侵襲性のある肝生検が必要になりますので他の検査を優先して、それでも判断に迷うときに行います。

・cut off値:肝実質の銅濃度>250μg/g乾燥重量(4μmol/g乾燥重量)

 

ちなみに、Wilson病の肝臓の組織像はあまり特徴的なものはなく、他の肝疾患(NASH、NAFLDや自己免疫性肝炎など)と類似することも多いようです。

 

他の臓器への蓄積の評価はできるのか?

ここまでで、病気の本態である肝臓の評価はできるようになりましたが、他の臓器への蓄積の評価はできないものでしょうか?

Wilson病の主要症状と言えば、神経・精神症状と眼症状ですが、眼症状はKayser-Fleischer輪で評価できるとして、神経・精神症状の評価として脳の画像評価は有用なのでしょうか?

 

神経内科医の視点としては、
Wilson病を想起できる画像所見があるのならば、ぜひとも知りたいものです。
(症候からは他のジストニアを呈する疾患、パーキンソニズムを呈する疾患との鑑別が難しい場合もあるでしょうし…)

 

と言うことで、

1.Wilson病に特徴的な(脳)画像所見はあるのか?

2.臓器の障害の評価に画像所見は使えるのか?(重症度の反映、治療による改善の有無)

 

について以下で説明していきます。

MRI画像所見について

Wilson病の画像評価は主にMRIを用いることになります。

Wilson病では、銅の沈着を反映するT2低信号と、(その結果と思われる)変性などを反映するT2高信号が混在していることが特徴となります。

そして、病気の本態が脳の中にあるわけでなく、外からやってくることから、脳の一部に限局するというより、複数の部位に異常所見が現れやすいということも大きな特徴です。

 

Wilson病に特徴的な(脳)画像所見はあるのか?

結論から言えば、あります!

 

・(中脳)パンダの顔徴候(“face of the giant panda” sign)

・中脳視蓋(tectal-plate)の信号変化(主にT2高信号)

・(橋中心髄鞘崩壊症様の)橋の中心部の異常所見(橋の中心部にT2高信号)

基底核視床・脳幹に同時に病変が存在する

といった所見が、他の若年発症の錐体外路症状を呈する疾患群と比べると、Wilson病に特徴的な所見であったという報告があります。(Mov Disord. 2010; 25: 672-8.)

 

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Mov Disord. 2010; 25: 672-8.より引用

 

パンダの顔徴候

名前に非常にインパクトがある所見ですね。

中脳において、赤核黒質網様体外側部は正常で、中脳被蓋がT2高信号、上丘がT2低信号となることでパンダのように見える、という所見です。

百聞は一見に如かず、です。下の画像をご覧ください。

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Neurology. 2003; 61: 969.より引用

 

うん、確かに、パンダの顔ですね。

なぜこのような所見がWilson病に特徴的に見られるのかは正確にはよくわかっていないようです。

ただ、インパクトがあり覚えやすい所見で、鑑別に役立つのであれば、ぜひとも覚えましょう。

 

他にも橋のパンダの顔徴候(“face of the miniature panda”)というものもあります。

これは検証されていないのでWilson病に必ずしも特異的な所見なのかはわかりませんが、せっかくなので、合わせて覚えておきましょう。

橋被蓋部において、中脳水道〜第4脳室がT2高信号(鼻・口)であるのに対し、内側縦束と中心被蓋路が(相対的に)T2低信号(目)となることでパンダのように見える、という所見です。

これも百聞は一見に如かず、ということで、以下が画像です。

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Neurology. 2003; 61: 969.より引用

 

確かに、これもパンダに見えますが、中脳のパンダの顔サインよりはパンダっぽくないかも?なんて思いました。

 

 臓器の障害の評価に画像所見は使えるのか?

これも興味がある内容です。

画像所見の異常の程度は、必ずしも病気そのものの重症度や神経症状の重症度を反映しないようです。

確かに、病気の本態は脳ではないわけですし、神経症状はどの部位が障害されるかが主な問題となるので必ずしも、重症度を反映しないというのには納得です。

 

それでは、治療による改善は見られるのでしょうか?

これはYesのようです。

Wilson病のMRIの異常所見は、銅キレート療法や肝移植などの治療によって多くの場合、改善を認めるという報告が多数されています。(Neuroradiology. 2009; 51: 627-33. / Neurology. 2010; 74: e72.など)

 

これらのことからもわかるように、画像もWilson病の診断や治療における評価に役立つようです。

 

以上、 Wilson病を疑ったときの検査についての概要をまとめてみました。

丸暗記ではなく、Wilson病の病態をイメージしながら検査をオーダーできるようになりましょう。

 

 次回は、せっかくなのでWilson病の治療の基本について軽く触れてWilson病についてのまとめを締めくくろうと思います。

 

Take Home Message

✓Leipzig scoreを参考に検査をオーダーし、診断をする!

✓Wilson病の病態を理解すれば無理なくオーダー項目もわかる!

✓まずは、症候学+血中セルロプラスミン、次の一手は尿中銅!

✓パンダの顔徴候を覚えよう!

MRIの異常所見は治療で改善し得る!

 

主な参考文献
  • J Hepatol. 2012; 56: 671-85.
  • Lancet. 2007; 369: 397-408.

 

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