Wilson病③−治療
ここまで、Wilson病の症候、検査についてまとめてきました。
繰り返しになりますが、Wilson病には治療法があります。(これはとても貴重で素晴らしいことです。)
ですので、せっかくなので治療についても勉強してみましょう。
ただし、Wilson病は治療法について十分な検討がなされているとはまだ言えない状態なので、治療の大筋の流れは決まっているものの、治療の枝葉となる部分は専門家内でも意見が異なる場合があります。
また、表現型や経過も多様な疾患であるため、個々の症例に応じて治療法を選択、調整する必要もあります。
さらに、今後の研究によって新たな治療法が出てきたり、治療の方針が大きく変わったりする場合もあります。
以上のことを踏まえた上で、以下の記事をご覧いただければと思います。
Wilson病の治療の大きな流れとは?
Wilson病は全身に銅の沈着が生じ臓器障害を来す疾患なので、治療の目標も、体内への銅の貯留を防ぐ、体外へ銅を排泄することとなります。
その方法としては、
1)銅の摂取量の制限
2)銅の吸収を阻害
3)銅の排泄を促進
などが思いつきます。
これらの方法を組み合わせて銅の体内への蓄積を防ぎます。
Wilson病では、銅の摂取制限だけでは体内の銅をコントロールをすることはできないことが経験的に知られているため、銅の吸収を阻害したり、排泄を促す薬剤を生涯飲み続けることが必要です。(コントロール良好だから中止しよう、とはなりません。)
そして、治療の内容は、
体内の銅の量を減らすことを目標とする、導入療法と、
現在の体内の銅の量をこれ以上増えないように保つことを目標とする、維持療法があります。
適切な評価を行い、これらの治療の適切な方を選択したり、経過に応じて切り替えて行く必要があります。
*導入療法を長期間続けていると、Wilson病であってもかえって銅欠乏症が起こりうることに注意してください。
Wilson病の治療薬には、
狭義の銅キレート剤(ペニシラミンやトリエンチン)と亜鉛製剤があります。
前者は主に銅の排泄の促進、後者は主に銅の吸収を阻害するものと理解して良いと思われます。(詳細は後述)
一般的には、導入療法としては、狭義の銅キレート剤を選択し、十分に銅代謝の異常値が改善したところで(数年かかることが多い)、維持療法として、銅キレート剤の減量もしくは薬剤の変更を行うとされていることが多いです。
*重症例では銅キレート剤と亜鉛の併用を行う、という専門家もいたり、銅キレート剤と亜鉛は原則併用しないという専門家もいたり、意見が分かれています。
ここまでは理解しておけば一般内科としては十分すぎる程です。
各薬剤の特徴についても念のため簡単にまとめておきます。
ペニシラミン
現在存在するWilson病の内服治療薬として最も強力であり、導入療法から維持療法まで幅広く使われています。
強力である反面、副作用も多い薬剤であるため、忍容性の問題で薬剤の中止や減量を余儀なくされる場合も多いです。
<作用機序>
血中、組織中*の銅と結合し、排泄を促す。
*metallothionein(内因性キレート)を誘導することで組織の銅と結合し、排泄を促進できる。
<処方例>
初期投与量:750〜1500mg/day(小児の場合は20mg/kg/day)
食事の1時間前もしくは食事の2時間後に投与する。
*250〜500mg/dayで開始し、2、3週間毎に漸増すると逆説的増悪の予防・忍容性の面でメリットがあるかもしれない。
*添付文書上の上限量は、1400mg/dayとなっていることに注意
<副作用>
早期副作用(投与開始1〜3週):発熱、皮疹、リンパ節腫脹、関節痛、血球減少、蛋白尿などが出現し得る。→出現したらペニシラミン中止
晩期副作用:腎障害、骨髄抑制、皮膚障害(EPS:elastosis perforans serpiginosa、アフタ性口内炎)、Vit.B6欠乏症*(特に小児・妊婦)
*小児・妊婦や食事摂取が不安定などのリスクがある場合は、ピリドキシン50mg/weekを予防投与する。
また、銅キレート剤で治療した場合、治療開始時に逆説的に神経学的所見が増悪することがある。(その頻度はペニシラミン>トリエンチン>>亜鉛)
トリエンチン
ペニシラミンと同じ狭義の銅キレート剤ですが、こちらは、ペニシラミンに比べて、効果、副作用ともにマイルドな薬剤です。
主にペニシラミンの治療に耐えられない場合などに選択します。
<作用機序>
ペニシラミンとほぼ同じ
<処方例>
導入期:900〜2700mg/day
維持期:900〜1500mg/day
食事の1時間前もしくは食事の3時間後に投与する。
*添付文書上の上限量は、2500mg/dayとなっていることに注意
<副作用>
貧血*
*鉄もキレートしてしまうので鉄の内服との併用は避ける。
亜鉛
これは意外な治療法と思うかもしれません。
イメージ通り、効果は最もマイルドで、導入療法として利用すると効果が出るまで数ヶ月以上かかってしまうこともあります。
そのため、主に、維持療法や無症候性の場合の治療薬として使用されています。
ただし、狭義の銅キレート剤と異なり、亜鉛単剤での治療では、肝機能の改善が見られない症例も複数報告されていることには注意する必要があります。(Gastroenterology. 2011; 140: 1189-98.)
一方で、狭義の銅キレート剤で見られる治療開始後の逆説的増悪はかなり少ないとされています。
<作用機序>
腸管の細胞内でのmetallothionein(内因性キレート)を誘導することで腸管からの銅の吸収を抑制し、また、肝細胞内でのmetallothioneinを誘導することで銅キレート作用を発揮する。
<処方例>
150mg/day(50kg未満の小児は75mg/day)
食前投与
<副作用>
消化不良(多)、白血球の走化性抑制?、血中アミラーゼ上昇、血中リパーゼ上昇
これらの他に、さらに強力なキレート剤であるテトラチオモリブデン酸アンモニウム(まだ市販には至らず)や、外科的治療として肝移植などがありますが、この記事では名前を紹介するにとどめます。
これらの治療は効くのか?
まさにこの疑問の答えは気になりますね。
Wilson病の治療法は大規模の前向き研究などはもちろん存在しないので、後ろ向き研究のデータから考えるしかありませんが、
狭義の銅キレート剤(ペニシラミンDPAとトリエンチン)による治療によって、ほとんどの例で肝障害は改善するけれども、神経症状は約半数程度しか改善しないようです。また、神経症状は改善したとしても完全に改善する例は少ないのかもしれません。
本研究では、ペニシラミンとトリエンチンのどちらを1st lineの治療で使用したかで分けて検討している。Clin Gastroenterol Hepatol. 2013; 11: 1028-35.より引用
Clin Gastroenterol Hepatol. 2013; 11: 1028-35.より作図
<参考>
前回の検査の記事でも触れましたが、これらの薬剤の治療効果モニタリングには尿中銅を使うことが多く(理由は記事を参照)、以下のような値を目標にコントロールをします。
・ペニシラミンやトリエンチンの場合、
薬剤中止2日後の尿中銅≪100µg/24hrを目標とする。
・亜鉛の場合、
尿中銅<100µg/24hrを目標とする。
以上がWilson病の治療の概要となります。
主要なものだけを簡単に取り上げましたが、この他にも神経症状に対する対症療法なども行われます。興味があれば、教科書などを紐解いてみてください。
長文に最後までお付き合いいただきありがとうございました。
Take Home Message
・Wilson病には治療法がある!
・銅制限だけでなく、薬剤による治療を継続する必要がある!
・主要な治療薬として、ペニシラミン、トリエンチン、亜鉛がある!
主な参考文献
- J Hepatol. 2012; 56: 671-85.
- Lancet Neurol. 2015; 14: 103-13.