Neurogeneralist

神経内科と一般内科の融合を目標に日々の学びを綴ります。記事の内容に誤りなどがありましたら是非ご指摘ください。また、当ブログの内容は個人のメモとしての要素が強いため、実臨床への反映は個人で吟味の上でお願いします。

誤嚥こそ抗菌薬の適正使用を

神経内科や一般内科をやっていると、“誤嚥性肺炎”と呼ばれる病態に出会うことは非常に多く、この病態に対してきちんと対応できることが求められます。

そこで今回は、この“誤嚥性肺炎”のpitfallとして、「“誤嚥性肺炎”→嫌気性菌もカバーする抗菌薬、治療期間は1週間」と一対一対応で覚えていると失敗するという症例を紹介します。

症例は…

50歳男性がけいれん重積状態でERに搬送された。
気管挿管し、胸部X線写真を撮影したところ、両肺の透過性低下があったため、"誤嚥"している可能性を考え、抗菌薬(PIPC/TAZ)を投与した。
翌日には意識や全身状態も改善した。その後は抗けいれん薬の調整と7日間の抗菌薬治療を行った後、退院となった。

ところが、退院した1週間後にClostridium difficileによる下痢+ショックで再度ERに搬送された。その後、懸命な治療にも関わらず死亡した。
JAMA Intern Med. 2015; 175: 489-90.

 

どうすれば良かったのか?

非常に悩ましい症例です。良かれと思って投与した抗菌薬が誘因となって、かえって別の重篤な疾患を誘発してしまったわけです。

さて、いったいどうすれば良かったのでしょうか?

本論文の筆者は、本症例は誤嚥に伴う化学性肺臓炎aspiration pneumonitisらしい経過なので、そうだと考えた時点で抗菌薬を中止する必要があったと考察しています。

 

誤嚥に伴う化学性肺臓炎aspiration pneumonitisとは?

上記の筆者の考察を見ても、???となったかもしれません。

実は、誤嚥に伴う肺の炎症、いわゆる“誤嚥性肺炎”と認識されている病態には、大きく分けて2つの病態が混在しているのです。これらの鑑別ができるかどうかがこの症例の分かれ道となっていたのです。

 

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誤嚥に伴う肺の炎症には、口腔・胃内容物が下気道に落ち込み化学的な肺障害を来す化学性肺臓炎aspiration pneumonitisと、口腔内の細菌が下気道に落ち込む細菌性誤嚥性肺炎aspiration pneumoneaの2つの要素があります。(本当は他にもいくつか分類がありますが、主要なものはこの2つです。)

細菌性誤嚥性肺炎には抗菌薬が効果がありますが、化学性肺臓炎には抗菌薬は無効(保存的加療・肺保護のみ)なのです。

 すると、これらの鑑別が重要となってきますが、細菌性誤嚥性肺炎と化学性肺臓炎の症状や所見は酷似しています。これらの鑑別点は、細菌性誤嚥性肺炎は比較的緩徐に進行・改善し、化学性肺臓炎はかなり急激に発症し、48時間以内に改善するという点なのです。

誤嚥が生じたところをはっきり目撃できていれば、肺の炎症の発症の仕方で両者の鑑別はできますが、誤嚥は明確な発症の時期がわからないことも多く、また、全身状態が悪ければこのおぼろげな病歴に判断の全てを依存するのは不安が残ります。もちろん、両者が混在している場合もあるでしょう。やはり、強く自信を持つことができるのは、ある程度時間が経過してからとなります。

そのため、初療時、特に重症の症例の場合は、抗菌薬開始の時点でのこれらの鑑別は不要です。(抗菌薬の開始はやむを得ない。)しかし、経過の中で明らかに急激に改善している場合は、化学性肺臓炎であったと考え、抗菌薬を中止することを考慮する必要があります。

今回の症例は翌日には症状は速やかに改善していたわけですので、細菌性誤嚥性肺炎に準じた7日間の抗菌薬治療継続は必要なかったということになります。そこに不運にも、Clostridium difficile感染症が発症してしまったということなのです。

 

Do no harmを遵守することさえ簡単ではないというのが臨床医学の難しさですね。

非常に教訓的な症例でした。

Take Home Message

・いわゆる“誤嚥”は、化学性肺臓炎と細菌性誤嚥性肺炎にわけて考えろ!
・化学性肺炎は急激に発症し、すぐに改善する!抗菌薬は不要!
・細菌性誤嚥性肺炎はゆっくり発症し、ゆっくり改善する!こちらは抗菌薬が必要!
・治療開始時には判断できなくても、臨床経過を見て本当に抗菌薬が必要なのか判断を!

 

参考文献
  • JAMA Intern Med. 2015; 175: 489-90.
  • N Engl J Med. 2001; 344: 665-71.

 

この記事は過去にアブストラクト・ジャーナルに寄稿した記事に加筆修正したものです。

 

CVカテの正しい抜き方とは?

研修医の頃に、中心静脈カテーテルの挿入のやり方はしっかり習うけれども、

意外と中心静脈テーテルの抜き方については習わないのではないかと思います。

でもそれを知らないと、こんな怖いことが起こりますという症例の紹介です。 

症例は…

95歳女性。高度な脱水と低血糖の補正のため、トリプルルーメンの中心静脈テーテルカテーテルを右内頚静脈にとった。超音波ガイド下に行ったため、特に合併症なく、挿入はできた。脱水と低血糖の補正が完了したところで、中心静脈カテーテルを抜去した。(このときは30°頭部挙上していた。)その直後から、高度の低酸素血症と意識障害を呈した。胸部造影CTでは血栓は認めなかったが頭部MRIで散在性の新規脳梗塞があり、心エコーで卵円孔開存しており、他の脳梗塞の原因が除外されたため、空気塞栓と診断した。(Neurology. 2015; 84: e94-6.

 

・頭部MRI(DWI)

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 Neurology. 2015; 84: e94-6.より引用

 

診断:CVカテ抜去時に起こった空気塞栓

 

正しいCVカテの抜き方は?

恐ろしい症例です。しかもきちんとCVカテの抜き方を知らなければ誰でも遭遇しうるという点も恐ろしいです。

にも関わらず、あまりCVカテの抜き方を習ったことがないような…(筆者だけ?)

ですので、ここでCDカテの抜き方をまとめておきましょう。

・体位はトレンデレンブルグ位(頭部低位)
・吸気終末〜呼気時にカテーテルを抜去する
・抜去後の創部は密閉性のあるドレッシング材で覆う
・抜去後の創部は5分以上圧迫する
 
この4つを徹底しましょう。

直前までCVカテが入っていた穴から空気が入っていくわけですので、胸腔内が陰圧になるような吸気のタイミングでの抜去は避けたいわけですし、穴がふさがる前に手を離してしまったりすると、その隙に吸気のタイミングで空気が入って行くかもしれません。穴の大きさなどにも左右されますができるだけ長めに圧迫するのが安全です。ドレッシング材も何かのきっかけで穴が開いたときに少しでも空気が入りにくいようなものを選びたいですね。体位をトレンデレンブルグ位にする明確な根拠は乏しい(諸説ある)ようですが、空気塞栓の報告は座位や頭部挙上時に抜去したときに多いようなので、それを避けておくというのが一番の理由のようです。


右→左シャントがなければ脳への塞栓は起こらない?

今回の症例は、卵円孔開存があり、ここを通じて動脈系に空気が入り、脳塞栓症を来しました。このような右→左シャントがある場合、特に脳への空気塞栓症は起こりやすいようですが、このような右→左シャントがなくても脳への空気塞栓は起こることがあります。
基本的に肺動脈で空気はトラップされ、体循環や冠動脈には空気が流入しないようになっていますが、負荷される空気の量が多い場合は、このフィルターで全てをトラップできない場合があるのです。ですので、必ずしも右→左シャントがないからと言って空気の静脈系から動脈系への流入を否定できないのです。
 

万が一、空気塞栓が起こってしまったら…

上記の予防策をしてリスクは最小限にするのですが、それでも万が一、空気塞栓が起こってしまったら…。
備えあれば憂いなし。被害を最小限に抑えるために対処法を知っておきましょう。
 
1.これ以上空気が入るのを防ぐ(例:穴が開いたままなら塞ぐ)
2.体位を左側臥位やトレンデレンブルグ位に(根拠は乏しいが悪くはないはず)
3.高流量酸素投与(低酸素血症の治療であると同時に、気泡を小さくする)
4.血圧の正常化
5.高圧酸素療法(動脈系の塞栓で神経学的異常などの臓器障害がある場合は特に)

 

 

以上が中心静脈カテーテル抜去時の空気塞栓の予防法と、万が一起こったときの対処法でした。

少しの工夫で大きな事故を防ぐことができるので、ぜひ心がけるようにしましょう。

 

Take Home Message

・CVカテを抜くときはトレンデレンブルグ位で吸気終末〜呼気時に!

・抜いた後も気を抜くな!圧迫はしっかりと長めに!

・脳塞栓は右→左シャントがある場合が多いが、シャントがなくても起こり得る!

・万が一、空気塞栓が起こったときのために初期対応を覚えておこう!

 

参考文献

  • Neurology. 2015; 84: e94-6.
  • Neurology. 2000; 55: 1063-4.
  • Anesthesiology. 2007; 106: 164-77.
  • UpToDate

 

この記事は過去にアブストラクト・ジャーナルに寄稿した記事に加筆修正したものです。

 

 

彷徨う眼

「目は口ほどにものを言う」ということわざがありますが、目に関する神経学的所見はたくさんあります。
瞳孔異常、眼振、眼が関与する反射、眼球運動異常などの大項目があり、それぞれの中にさらに分類があります。

今週のNEJMIMAGES IN CLINICAL MEDICINEコーナーに、

Ping-Pong Gaze"という所見が掲載されていました。


Ping-Pong Gaze - YouTube

 

恥ずかしながら、自分はこれを見たときに、
「あれ?これは眼球彷徨roving eye movementではないのか?」と思ってしまいました。

これらの違いについて調べてみました。

 

実はけっこう有名な所見でした

やはり意識障害時の自発的な眼球運動異常はインパクトがあるためか、多くの医学雑誌でPing-Pong Gazeを呈した症例について扱われていました。

で、roving eye movementとの違いはと言いますと…

これらの定義は、本や文献によって少しずつ異なっていたり、中には、これらは同一のものと扱われていたりする場合もありました。(その理由は後述)

Roving eye movementとPing-Pong Gazeの違い

以下の記載は、意識障害の患者を診る上でのバイブルとされているPlum and Posner's Diagnosis of Stupor and Coma 4th editionからの引用です。

 

Roving eye movementについては、

slow, random deviations of eye position

だとか、

predominantly horizontal although some vertical movements may also occur

という記載がなされており、

ゆっくりとした水平性の眼球運動(垂直性の場合もあり得る)で、どちらの方向に向かって動くかはランダムである

ということですね。

 

Ping-Pong Gazeについては、

A variant of roving eye movements

だとか、

repetitive, rhythmic, and conjugate horizontal eye movement

だとか、

the eyes move conjugately to the extremes of gaze, hold the position for 2 to 3seconds, and then rotate back again

という記載がなされています。

つまり、Ping-Pong Gazeはroving eye movementの亜型で、

水平性の共同眼球運動で、眼球は目いっぱい端の方まで動いた後、そこで2,3秒停止して、また反対に向かって動くという運動が、周期的繰り返される。

ということですね。

「百聞は一見に如かず」と言うことで、実際にそれぞれの動画を見てみましょう。

 

roving eye movement from Clin Case Rep. 2015; 3: 335-6.

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Ping-Pong Gaze from JAMA Neurol. 2014; 71: 1450.


Ping-Pong Gaze - YouTube

 

どちらも水平性の自発性眼球運動ですが、

確かにPing-Pong Gazeの方が、なめらかで、規則的で、振幅の大きな眼球運動な印象を受けます。(速度に関してはあまり差がなさそうな気もしますが…)

 

これらの区別に意味はあるのか?

これらの眼球運動異常は、確かに、所見としては、それぞれの違いがあるということがわかりました。

それでは、これらの所見が意味するものはいったい何でしょうか?それぞれで違うのでしょうか?

再度、 Plum and Posner's Diagnosis of Stupor and Comaに戻ってみましょう。

まず、roving eye movementは、代謝性脳症(全般)で見られるようです。

昏睡が深くなると消失してしまうことや、深昏睡からの回復過程で見られることから、脳幹が障害されていない(少なくとも障害は軽度である)ことを示していると考えられています。

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一方、Ping-Pong Gazeは…

当初は両側大脳皮質の広範な障害脳幹の障害時に見られると報告されてきたようですが、今は、これらも代謝性脳症で見られることの方が多いと考えられているようです。

つまり、示す異常はroving eye movementもPing-Pong Gazeも同じ場合が多く、これらを厳密に区別しても判断や行動は変わらないということになります。

 

これが、roving eye movementとPing-Pong Gazeの区別を重視しない人もいるという理由なのかもしれません。

症候としては興味深いものかもしれないけれども、それが示すものが大きく変わらないのであれば区別する必要がないと合理的に考えるのも無理はないですね。

 

筆者は、こういったほんの小さな差を、入念な観察によって見分けてきた先達たちの思いに応えるためにも、これらが示す結果が違わなかろうが、区別していきたいなと思いました。

 

Take Home Message

✓意識障害下では、roving eye movementとPing-Pong Gazeという異常眼球運動を呈することがある!

✓これらを示すのは主に代謝性脳症である!(これらの所見で鑑別は不可能!)

✓これらの所見は、(特にroving eye movementで)脳幹が高度な障害を受けていないことを示している!

 

 

参考文献
  • Plum and Posner's Diagnosis of Stupor and Coma. 4th edition.

"Ping-Pong Gaze"について

  • N Engl J Med. 2015; 372: e34.
  • JAMA Neurol. 2014; 71: 1450.
  • Neurology. 2004; 63: 1537-8.

"roving eye movement"について

  • Clin Case Rep. 2015; 3: 335-6. 

有名雑誌でもWilson病がアツい!?

前回までの記事で、Wilson病 3部作(?)が完結しましたが、

近年に発行された、いくつかの医学雑誌の教育的症例検討のコーナーで扱われた症例のうち、Wilson病が最終診断であったものを調べてみると、
なんと…

2013年と2014年にThe New England Journal of Medicine誌からそれぞれ1本ずつ、
さらに、2015年にはChest誌から1本と、立て続けにWilson病が題材となっていました。

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まずはNEJMの1本目は、CPSから。

21歳の女性が亜急性の全身倦怠感と失神のエピソードで来院し、肝機能障害と溶血性貧血を呈していたという症例です。
答えを知ってタイトルを読むと、あぁ〜って感じますね。

確かに銅は必須微量元素の1つですよね。

出典は定かではありませんが、国試のときに以下の語呂合わせで必須微量元素10個を覚えたのを思い出しました。

徹子(さん)にどうしてもあえません”

   I  Cr Fe Co       Ni Cu    Mo Zn Mn Se

 

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そしてその翌年にはCRMGHから。

29歳の慢性下痢、体重減少が主訴で来院し、肝機能異常を呈していたという症例でした。(難しい!!)

まれではあるけれども(特に小児で)Wilson病で慢性下痢を呈する症例も報告されているようです。

 

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 そして2015年には、ChestのPearlsから。

これは、10代男性が重篤な肝不全と溶血性貧血で来院した症例でした。

 

Wilson病は、これらのトップジャーナルの教育的症例検討コーナーで繰り返し扱われるような疾患であるようです。

つまり、それほど診断が難しいことを表していますが、その一方で、疾患について詳しく知っておくことで診断・治療を行うことができ、人を救うことができる大切な疾患であるということを表していますね。

もしよろしければ、これを期に、再度、Wilson病 3部作に目を通していただければ幸いです。

Wilson病③−治療

ここまで、Wilson病の症候検査についてまとめてきました。

繰り返しになりますが、Wilson病には治療法があります。(これはとても貴重で素晴らしいことです。)

ですので、せっかくなので治療についても勉強してみましょう。

 

ただし、Wilson病は治療法について十分な検討がなされているとはまだ言えない状態なので、治療の大筋の流れは決まっているものの、治療の枝葉となる部分は専門家内でも意見が異なる場合があります。
また、表現型や経過も多様な疾患であるため、個々の症例に応じて治療法を選択、調整する必要もあります。
さらに、今後の研究によって新たな治療法が出てきたり、治療の方針が大きく変わったりする場合もあります。

以上のことを踏まえた上で、以下の記事をご覧いただければと思います。

 

Wilson病の治療の大きな流れとは?

Wilson病は全身に銅の沈着が生じ臓器障害を来す疾患なので、治療の目標も、体内への銅の貯留を防ぐ、体外へ銅を排泄することとなります。

 

その方法としては、

1)銅の摂取量の制限

2)銅の吸収を阻害

3)銅の排泄を促進

などが思いつきます。

 

これらの方法を組み合わせて銅の体内への蓄積を防ぎます。

Wilson病では、銅の摂取制限だけでは体内の銅をコントロールをすることはできないことが経験的に知られているため、銅の吸収を阻害したり、排泄を促す薬剤を生涯飲み続けることが必要です。(コントロール良好だから中止しよう、とはなりません。)

 

そして、治療の内容は、

体内の銅の量を減らすことを目標とする、導入療法と、

現在の体内の銅の量をこれ以上増えないように保つことを目標とする、維持療法があります。

適切な評価を行い、これらの治療の適切な方を選択したり、経過に応じて切り替えて行く必要があります。

*導入療法を長期間続けていると、Wilson病であってもかえって銅欠乏症が起こりうることに注意してください。

 

Wilson病の治療薬には、

狭義の銅キレート剤ペニシラミントリエンチン)と亜鉛製剤があります。

前者は主に銅の排泄の促進、後者は主に銅の吸収を阻害するものと理解して良いと思われます。(詳細は後述)

 

一般的には、導入療法としては、狭義の銅キレート剤を選択し、十分に銅代謝の異常値が改善したところで(数年かかることが多い)、維持療法として、銅キレート剤の減量もしくは薬剤の変更を行うとされていることが多いです。

*重症例では銅キレート剤と亜鉛の併用を行う、という専門家もいたり、銅キレート剤と亜鉛は原則併用しないという専門家もいたり、意見が分かれています。

 

ここまでは理解しておけば一般内科としては十分すぎる程です。

 

各薬剤の特徴についても念のため簡単にまとめておきます。

ペニシラミン

現在存在するWilson病の内服治療薬として最も強力であり、導入療法から維持療法まで幅広く使われています。

強力である反面、副作用も多い薬剤であるため、忍容性の問題で薬剤の中止や減量を余儀なくされる場合も多いです。

 

<作用機序>

血中、組織中*の銅と結合し、排泄を促す。

*metallothionein(内因性キレート)を誘導することで組織の銅と結合し、排泄を促進できる。

<処方例>

初期投与量:750〜1500mg/day(小児の場合は20mg/kg/day)

食事の1時間前もしくは食事の2時間後に投与する。

*250〜500mg/dayで開始し、2、3週間毎に漸増すると逆説的増悪の予防・忍容性の面でメリットがあるかもしれない。

*添付文書上の上限量は、1400mg/dayとなっていることに注意

<副作用>

早期副作用(投与開始1〜3週):発熱、皮疹、リンパ節腫脹、関節痛、血球減少、蛋白尿などが出現し得る。→出現したらペニシラミン中止

晩期副作用:腎障害、骨髄抑制、皮膚障害(EPS:elastosis perforans serpiginosa、アフタ性口内炎)、Vit.B6欠乏症(特に小児・妊婦)

*小児・妊婦や食事摂取が不安定などのリスクがある場合は、ピリドキシン50mg/weekを予防投与する。

 

また、銅キレート剤で治療した場合、治療開始時に逆説的に神経学的所見が増悪することがある。(その頻度はペニシラミン>トリエンチン>>亜鉛

 

トリエンチン

ペニシラミンと同じ狭義の銅キレート剤ですが、こちらは、ペニシラミンに比べて、効果、副作用ともにマイルドな薬剤です。

主にペニシラミンの治療に耐えられない場合などに選択します。

 

<作用機序>

ペニシラミンとほぼ同じ

<処方例>

導入期:900〜2700mg/day

維持期:900〜1500mg/day

食事の1時間前もしくは食事の3時間後に投与する。

*添付文書上の上限量は、2500mg/dayとなっていることに注意

<副作用>

貧血*

*鉄もキレートしてしまうので鉄の内服との併用は避ける。

 

亜鉛

これは意外な治療法と思うかもしれません。

イメージ通り、効果は最もマイルドで、導入療法として利用すると効果が出るまで数ヶ月以上かかってしまうこともあります。
そのため、主に、維持療法や無症候性の場合の治療薬として使用されています。

 

ただし、狭義の銅キレート剤と異なり、亜鉛単剤での治療では、肝機能の改善が見られない症例も複数報告されていることには注意する必要があります。(Gastroenterology. 2011; 140: 1189-98.

一方で、狭義の銅キレート剤で見られる治療開始後の逆説的増悪はかなり少ないとされています。

 

<作用機序>

腸管の細胞内でのmetallothionein(内因性キレート)を誘導することで腸管からの銅の吸収を抑制し、また、肝細胞内でのmetallothioneinを誘導することで銅キレート作用を発揮する。

<処方例>

150mg/day(50kg未満の小児は75mg/day)

食前投与

<副作用>

消化不良(多)、白血球の走化性抑制?、血中アミラーゼ上昇、血中リパーゼ上昇

 

これらの他に、さらに強力なキレート剤であるテトラチオモリブデンアンモニウム(まだ市販には至らず)や、外科的治療として肝移植などがありますが、この記事では名前を紹介するにとどめます。

 

これらの治療は効くのか?

まさにこの疑問の答えは気になりますね。

Wilson病の治療法は大規模の前向き研究などはもちろん存在しないので、後ろ向き研究のデータから考えるしかありませんが、

狭義の銅キレート剤(ペニシラミンDPAとトリエンチン)による治療によって、ほとんどの例で肝障害は改善するけれども、神経症状は約半数程度しか改善しないようです。また、神経症状は改善したとしても完全に改善する例は少ないのかもしれません。

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本研究では、ペニシラミンとトリエンチンのどちらを1st lineの治療で使用したかで分けて検討している。Clin Gastroenterol Hepatol. 2013; 11: 1028-35.より引用

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Clin Gastroenterol Hepatol. 2013; 11: 1028-35.より作図

 

<参考>

前回の検査の記事でも触れましたが、これらの薬剤の治療効果モニタリングには尿中銅を使うことが多く(理由は記事を参照)、以下のような値を目標にコントロールをします。

・ペニシラミンやトリエンチンの場合、
薬剤中止2日後の尿中銅≪100µg/24hrを目標とする。

亜鉛の場合、
尿中銅<100µg/24hrを目標とする。

 

 

以上がWilson病の治療の概要となります。

主要なものだけを簡単に取り上げましたが、この他にも神経症状に対する対症療法なども行われます。興味があれば、教科書などを紐解いてみてください。

 

長文に最後までお付き合いいただきありがとうございました。

 

Take Home Message

・Wilson病には治療法がある!

・銅制限だけでなく、薬剤による治療を継続する必要がある!

・主要な治療薬として、ペニシラミン、トリエンチン、亜鉛がある! 

 

主な参考文献
  • J Hepatol. 2012; 56: 671-85.
  • Lancet Neurol. 2015; 14: 103-13.

 

Wilson病②−検査

さて、引き続きWilson病を疑ったときに行うべき検査について述べていこうと思います。 

Wilson病の診断スコア・アルゴリズム

まずはガイドラインでも採用されているWilson病の診断スコア・アルゴリズムを提示します。

2001年にドイツのLeipzigで行われたthe 8th International Meeting on Wilson’s diseaseで開発されたのでLeipzig scoreと呼ばれることがあります。

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J Hepatol. 2012; 56: 671-85.より引用

 

症候に関する項目はKayser-Fleischer輪、神経症状が含まれています。

これらについては前回の記事を参照ください。

 

そして検査所見として含まれているのは、
主要項目として、血中セルロプラスミンCooms試験陰性溶血性貧血で、
補助項目として、尿中銅肝臓内銅遺伝子変異です。

それでは、これらについて詳しく見ていきましょう。

 

いったい何を測れば良いのか?

Wilson病は銅が蓄積する病気ですが、銅と言ってもどこの銅を測れば良いのでしょうか?血液中なのか、尿中なのか、臓器内なのか、はたまた、銅の運搬を担うセルロプラスミンなのか…?わかりにくいですね。

 

Wilson病の原因遺伝子であるATP7Bが何をしているか考えてみると少しわかりやすくなります。

 

食事に含まれる銅は、腸管(主に十二指腸)から吸収され、門脈を経由して肝臓に到達します。そして、肝細胞に取り込まれ、ゴルジ体に運ばれ、そこでセルロプラスミンに結合し、血中に分泌されます。

ATP7Bは下図のように、肝細胞内でのゴルジ体内への取り込みと、(銅過剰の状態で)胆汁中への排泄を司ります。

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Lancet. 2007; 369: 397-408.より引用

 

つまり、ATP7Bに異常があると、銅はゴルジ体に入ることができないため、セルロプラスミンに結合して血中に分泌されることができず、肝臓内に蓄積してしまうのです。銅の蓄積が進むと肝細胞が障害され、そのなれの果てとして、セルロプラスミンに結合することなく、血中に銅が漏れ出してしまうのです。そして、適切な乗り物(セルロプラスミン)に乗っていない遊離銅は、不適切な場所に沈着してしまったり、普通は排泄される場所ではないはずの腎臓から排泄されてしまったりするわけです。

 

注:現在では研究が進み、さらに詳細が判明したり、理解されている内容も変わっているかもしれません。

 

以上から考えると、

Wilson病の病態として、

1.ATP7B遺伝子異常

2.血中のセルロプラスミンの低下(もしくはセルプラスミン結合銅の絶対量低下)

3.肝臓内の銅の蓄積

4.血中遊離銅の増加

5.尿中銅の排泄増加

が生じると考えられます。(進行はおおむね数字の順となるでしょう。)

 

これを踏まえると、確かに病気の進行の面からも、測定のしやすさの面からもセルロプラスミンの低下が主要検査項目となっている理由がわかります。

そして補助項目として、肝臓内の銅の蓄積や尿中銅の排泄増加が使われる理由もわかりますね。

 

遊離銅やセルロプラスミン結合銅は直接測定することができず、血中に含まれる銅の総和としてしか測定することができません。

遊離銅(µg/L)=血中銅ーセルロプラスミン結合銅

       =血中銅(µg/L)ー3.15×セルロプラスミン(mg/L)

と計算で仮想的に求めることになります。

そのため、セルロプラスミンの値に依存しますので、あまり検査として用いられることはありません。

 

なぜこれらの項目を測定するのか、どの項目が重要なのかがイメージできたところで、実際に使えるように、各検査項目の詳細を見ていきましょう。

血中セルロプラスミン

・基準値:0.2-0.5g/L

Wilson病では基準値の下限の1/2未満になるとされています。

すなわち、

・cut off値:血中セルロプラスミン<0.1g/L となるわけです。

 

しかし、検査には偽陽性偽陰性がつきものです。

セルロプラスミンは急性炎症に伴って合成が亢進するacute phase proteinであることが知られています。つまり、炎症が背景にあると上昇してしまうため、これらが重なると、Wilson病によるセルロプラスミンの低下を隠蔽してしまう可能性があります。(偽陰性

また、エストロゲンが過剰となる妊娠時経口避妊薬内服時にもセルロプラスミンが上昇することが知られており、これらも偽陰性の原因となります。

逆に、肝臓が重度に障害される病態がある場合はセルロプラスミンが合成できませんし、そもそも銅の吸収ができない場合は銅が肝臓に来ないので血中に出て行くセルロプラスミン量は減少します。また、本来はセルロプラスミンは腎臓で濾過されないはずですが、腎臓のバリアが破壊されているネフローゼ症候群では腎臓から漏れ出てしまい、血中のセルロプラスミンは低下します。

 

偽陽性(偽低値):重度の肝障害、吸収不良症候群、celiac病、ネフローゼ症候群、家族性無セルロプラスミン血症、ATP7Bのヘテロ変異(キャリア)

偽陰性(偽高値):急性炎症、エストロゲン過剰(妊娠、経口避妊薬など)

 

尿中銅

Wilson病の診断の補助項目として利用されていることに加え、
病気の進行において問題となる遊離銅の増加を反映するため、治療モニタリングとしても重要視されています。

 

測定は24時間蓄尿で、24時間における排泄量を評価します。

正常の場合は、尿中への銅の排泄量はほぼ0であるはずです。

一方で、未治療のWilson病では、尿中銅排泄量>100μg/24hr(1.6μmol/24hr)となります。

・基準値:ほぼ0

・cut off値:尿中銅>100μg/24hr(1.6μmol/24hr)

      小児・無症候性患者の場合、>40μg/24hr(0.64µmol/24hr)*

*小児Wilson病や無症候性のWilson病患者の場合は遊離銅の絶対量が少なく、尿中銅も少なめになることが予想されますので、これらの場合は、cut offを引き下げる必要があります。

 

尿中銅にも偽陽性偽陰性があります。

まず腎臓に異常があると、尿中銅の値はそもそも信頼できません。

ネフローゼ症候群のようにダダ漏れの状態では高値になるかもしれませんし、腎機能が廃絶していて尿量が少なければ排泄できず低値となるかもしれません。

また、遊離銅を反映するので、高度に肝臓が障害される場合偽陽性となります。

 

偽陽性:重度の肝障害、コンタミネーション、腎臓の異常(漏れる病態の場合)

偽陰性:小児患者、無症候性患者、腎臓の異常(尿が出せない病態の場合)

 

肝臓内の銅蓄積

診断の補助項目にありますが、これを測定するには侵襲性のある肝生検が必要になりますので他の検査を優先して、それでも判断に迷うときに行います。

・cut off値:肝実質の銅濃度>250μg/g乾燥重量(4μmol/g乾燥重量)

 

ちなみに、Wilson病の肝臓の組織像はあまり特徴的なものはなく、他の肝疾患(NASH、NAFLDや自己免疫性肝炎など)と類似することも多いようです。

 

他の臓器への蓄積の評価はできるのか?

ここまでで、病気の本態である肝臓の評価はできるようになりましたが、他の臓器への蓄積の評価はできないものでしょうか?

Wilson病の主要症状と言えば、神経・精神症状と眼症状ですが、眼症状はKayser-Fleischer輪で評価できるとして、神経・精神症状の評価として脳の画像評価は有用なのでしょうか?

 

神経内科医の視点としては、
Wilson病を想起できる画像所見があるのならば、ぜひとも知りたいものです。
(症候からは他のジストニアを呈する疾患、パーキンソニズムを呈する疾患との鑑別が難しい場合もあるでしょうし…)

 

と言うことで、

1.Wilson病に特徴的な(脳)画像所見はあるのか?

2.臓器の障害の評価に画像所見は使えるのか?(重症度の反映、治療による改善の有無)

 

について以下で説明していきます。

MRI画像所見について

Wilson病の画像評価は主にMRIを用いることになります。

Wilson病では、銅の沈着を反映するT2低信号と、(その結果と思われる)変性などを反映するT2高信号が混在していることが特徴となります。

そして、病気の本態が脳の中にあるわけでなく、外からやってくることから、脳の一部に限局するというより、複数の部位に異常所見が現れやすいということも大きな特徴です。

 

Wilson病に特徴的な(脳)画像所見はあるのか?

結論から言えば、あります!

 

・(中脳)パンダの顔徴候(“face of the giant panda” sign)

・中脳視蓋(tectal-plate)の信号変化(主にT2高信号)

・(橋中心髄鞘崩壊症様の)橋の中心部の異常所見(橋の中心部にT2高信号)

基底核視床・脳幹に同時に病変が存在する

といった所見が、他の若年発症の錐体外路症状を呈する疾患群と比べると、Wilson病に特徴的な所見であったという報告があります。(Mov Disord. 2010; 25: 672-8.)

 

f:id:Neurogeneralist:20150623045030p:plain

Mov Disord. 2010; 25: 672-8.より引用

 

パンダの顔徴候

名前に非常にインパクトがある所見ですね。

中脳において、赤核黒質網様体外側部は正常で、中脳被蓋がT2高信号、上丘がT2低信号となることでパンダのように見える、という所見です。

百聞は一見に如かず、です。下の画像をご覧ください。

f:id:Neurogeneralist:20150623045332p:plain

Neurology. 2003; 61: 969.より引用

 

うん、確かに、パンダの顔ですね。

なぜこのような所見がWilson病に特徴的に見られるのかは正確にはよくわかっていないようです。

ただ、インパクトがあり覚えやすい所見で、鑑別に役立つのであれば、ぜひとも覚えましょう。

 

他にも橋のパンダの顔徴候(“face of the miniature panda”)というものもあります。

これは検証されていないのでWilson病に必ずしも特異的な所見なのかはわかりませんが、せっかくなので、合わせて覚えておきましょう。

橋被蓋部において、中脳水道〜第4脳室がT2高信号(鼻・口)であるのに対し、内側縦束と中心被蓋路が(相対的に)T2低信号(目)となることでパンダのように見える、という所見です。

これも百聞は一見に如かず、ということで、以下が画像です。

f:id:Neurogeneralist:20150623045747p:plain

Neurology. 2003; 61: 969.より引用

 

確かに、これもパンダに見えますが、中脳のパンダの顔サインよりはパンダっぽくないかも?なんて思いました。

 

 臓器の障害の評価に画像所見は使えるのか?

これも興味がある内容です。

画像所見の異常の程度は、必ずしも病気そのものの重症度や神経症状の重症度を反映しないようです。

確かに、病気の本態は脳ではないわけですし、神経症状はどの部位が障害されるかが主な問題となるので必ずしも、重症度を反映しないというのには納得です。

 

それでは、治療による改善は見られるのでしょうか?

これはYesのようです。

Wilson病のMRIの異常所見は、銅キレート療法や肝移植などの治療によって多くの場合、改善を認めるという報告が多数されています。(Neuroradiology. 2009; 51: 627-33. / Neurology. 2010; 74: e72.など)

 

これらのことからもわかるように、画像もWilson病の診断や治療における評価に役立つようです。

 

以上、 Wilson病を疑ったときの検査についての概要をまとめてみました。

丸暗記ではなく、Wilson病の病態をイメージしながら検査をオーダーできるようになりましょう。

 

 次回は、せっかくなのでWilson病の治療の基本について軽く触れてWilson病についてのまとめを締めくくろうと思います。

 

Take Home Message

✓Leipzig scoreを参考に検査をオーダーし、診断をする!

✓Wilson病の病態を理解すれば無理なくオーダー項目もわかる!

✓まずは、症候学+血中セルロプラスミン、次の一手は尿中銅!

✓パンダの顔徴候を覚えよう!

MRIの異常所見は治療で改善し得る!

 

主な参考文献
  • J Hepatol. 2012; 56: 671-85.
  • Lancet. 2007; 369: 397-408.

 

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