誤嚥こそ抗菌薬の適正使用を
神経内科や一般内科をやっていると、“誤嚥性肺炎”と呼ばれる病態に出会うことは非常に多く、この病態に対してきちんと対応できることが求められます。
そこで今回は、この“誤嚥性肺炎”のpitfallとして、「“誤嚥性肺炎”→嫌気性菌もカバーする抗菌薬、治療期間は1週間」と一対一対応で覚えていると失敗するという症例を紹介します。
症例は…
50歳男性がけいれん重積状態でERに搬送された。
気管挿管し、胸部X線写真を撮影したところ、両肺の透過性低下があったため、"誤嚥"している可能性を考え、抗菌薬(PIPC/TAZ)を投与した。
翌日には意識や全身状態も改善した。その後は抗けいれん薬の調整と7日間の抗菌薬治療を行った後、退院となった。
ところが、退院した1週間後にClostridium difficileによる下痢+ショックで再度ERに搬送された。その後、懸命な治療にも関わらず死亡した。
(JAMA Intern Med. 2015; 175: 489-90.)
どうすれば良かったのか?
非常に悩ましい症例です。良かれと思って投与した抗菌薬が誘因となって、かえって別の重篤な疾患を誘発してしまったわけです。
さて、いったいどうすれば良かったのでしょうか?
本論文の筆者は、本症例は誤嚥に伴う化学性肺臓炎aspiration pneumonitisらしい経過なので、そうだと考えた時点で抗菌薬を中止する必要があったと考察しています。
誤嚥に伴う化学性肺臓炎aspiration pneumonitisとは?
上記の筆者の考察を見ても、???となったかもしれません。
実は、誤嚥に伴う肺の炎症、いわゆる“誤嚥性肺炎”と認識されている病態には、大きく分けて2つの病態が混在しているのです。これらの鑑別ができるかどうかがこの症例の分かれ道となっていたのです。
誤嚥に伴う肺の炎症には、口腔・胃内容物が下気道に落ち込み化学的な肺障害を来す化学性肺臓炎aspiration pneumonitisと、口腔内の細菌が下気道に落ち込む細菌性誤嚥性肺炎aspiration pneumoneaの2つの要素があります。(本当は他にもいくつか分類がありますが、主要なものはこの2つです。)
細菌性誤嚥性肺炎には抗菌薬が効果がありますが、化学性肺臓炎には抗菌薬は無効(保存的加療・肺保護のみ)なのです。
すると、これらの鑑別が重要となってきますが、細菌性誤嚥性肺炎と化学性肺臓炎の症状や所見は酷似しています。これらの鑑別点は、細菌性誤嚥性肺炎は比較的緩徐に進行・改善し、化学性肺臓炎はかなり急激に発症し、48時間以内に改善するという点なのです。
誤嚥が生じたところをはっきり目撃できていれば、肺の炎症の発症の仕方で両者の鑑別はできますが、誤嚥は明確な発症の時期がわからないことも多く、また、全身状態が悪ければこのおぼろげな病歴に判断の全てを依存するのは不安が残ります。もちろん、両者が混在している場合もあるでしょう。やはり、強く自信を持つことができるのは、ある程度時間が経過してからとなります。
そのため、初療時、特に重症の症例の場合は、抗菌薬開始の時点でのこれらの鑑別は不要です。(抗菌薬の開始はやむを得ない。)しかし、経過の中で明らかに急激に改善している場合は、化学性肺臓炎であったと考え、抗菌薬を中止することを考慮する必要があります。
今回の症例は翌日には症状は速やかに改善していたわけですので、細菌性誤嚥性肺炎に準じた7日間の抗菌薬治療継続は必要なかったということになります。そこに不運にも、Clostridium difficile感染症が発症してしまったということなのです。
Do no harmを遵守することさえ簡単ではないというのが臨床医学の難しさですね。
非常に教訓的な症例でした。
Take Home Message
・いわゆる“誤嚥”は、化学性肺臓炎と細菌性誤嚥性肺炎にわけて考えろ!
・化学性肺炎は急激に発症し、すぐに改善する!抗菌薬は不要!
・細菌性誤嚥性肺炎はゆっくり発症し、ゆっくり改善する!こちらは抗菌薬が必要!
・治療開始時には判断できなくても、臨床経過を見て本当に抗菌薬が必要なのか判断を!
参考文献
- JAMA Intern Med. 2015; 175: 489-90.
- N Engl J Med. 2001; 344: 665-71.
この記事は過去にアブストラクト・ジャーナルに寄稿した記事に加筆修正したものです。