本当に羽ばたく、振戦がある

いわゆる“羽ばたき振戦”とは？

（少なくとも筆者が）“羽ばたき振戦”と習ってきたのは、肝硬変などの重度の肝疾患でみられる以下の動画のような手の動きでした。
すなわち、腕と手、指を伸展して拡げた状態で、それを保持するように指示すると、姿勢が保持できないときがあるという状態です。（脱力→もとの姿勢に戻そうとするという動きが羽ばたくように見えるのでしょうか？正直、あまり羽ばたくようには見えないような…）

さらにもう少し細かいことを言うならば、振戦というのも不正確です。
振戦というのは律動的な動きを指します。
“羽ばたき振戦”は動画を見てもらったら一目瞭然ですが、ときどき姿勢保持が困難となる、という非律動的な動きです。ですので、“羽ばたき振戦”は律動的ではないので、振戦と呼ぶのは適切ではないのです。

日本では“羽ばたき振戦”と呼ぶこの所見は、英語でasterixisアステリキシスと呼びます。（この所見をどう呼ぼうとも、目の前の所見を正しくそれであると認識できていれば良いと言われると元も子もないのですが、語義的に矛盾のないasterixisの方が個人的にはスッキリします。）

また、negative clonusと呼ばれることもあるようですが（Psychiatry Onlineなど）、やはり、姿勢保持困難によるものであるからには、clonusではないので適切な名前ではないと思われます。

asterixisは肝疾患に特有の症状か？

ここからはいわゆる“羽ばたき振戦”を誤解のないようにasterixisと呼ぶことにしましょう。
それでは、呼び名はともかくとして、asterixisは肝疾患に特有なものなのでしょうか？
もしかすると、いつの間にかasterixis→肝性脳症と1対1対応をさせてしまっているということはないでしょうか？（むしろ、アンモニア高いから肝性脳症だろうし…asterixisという所見もとっておこうかという思考パターンになっているなんてことはないでしょうか？これについてはまた改めて。）

実は肝性脳症以外にも以下の病態でasterixisは生じるという報告もあるようです。

肝疾患以外のasterixisの原因

f:id:Neurogeneralist:20150713183547j:plain

本当かな？？と思えるものも混ざっていますが、
asterixisを見たら、安易に肝性脳症と飛びつくのではなく、その背後に隠れている病態をしっかり検討するということが重要ですね。

真の羽ばたき振戦とは？

羽ばたき振戦という呼び方はふさわしくない、と散々述べてきましたが、実は、本当に羽ばたくように見える不随意運動があるんです。
Wing-Beating Tremorと呼ばれます。

Wing-Beating Tremor - YouTube

この特徴的な不随意運動は、NEJMのIMAGES IN CLINICAL MEDICINEのコーナーでも紹介されています。（リンクからFreeで見ることができます。）
確かに羽ばたいているように見えませんか？（少なくともasterixisより羽ばたいて見えるはずです！）
このWing-Beating TremorはWilson病に特徴的な所見とされています。
Wilson病なんてレアな疾患には絶対会わないだろうって声も聞こえて来そうですが、あながちそうとは限らないというのが臨床医学の不思議。
ちなみに、NEJMのケースは検査値異常で受診した訳でもなく、このような手足の震えを訴えて来院したようです。もしこのような手の震えを見たときに単に神経内科に紹介するだけでなく、「もしかするとこれはWing-Beating Tremorで、Wilson病の可能性はいかがでしょうか？」と聞くと、「お、こいつデキるな？」と思ってもらえるかも？ですね。笑

なぜWilson病が大事なのか？

病気に何が大事で何が大事でないということはないのですが、
Wilson病は、治療法がある疾患なので、特に診断をつけることに高い意義があるのです。
実際に、このNEJMの症例もこんなに激しい不随意運動を呈しているのに、ペニシラミンの投与で、6ヶ月後には不随意運動が著しく改善したと報告されています。
「よくわからない」で片付けるのと、「これはWilson病だ」と診断できるのでは、大きな違いがあるのです。
ですので、また回を改めて、少しWilson病について勉強してみましょう。