Neurogeneralist

神経内科と一般内科の融合を目標に日々の学びを綴ります。記事の内容に誤りなどがありましたら是非ご指摘ください。また、当ブログの内容は個人のメモとしての要素が強いため、実臨床への反映は個人で吟味の上でお願いします。

彷徨う眼

「目は口ほどにものを言う」ということわざがありますが、目に関する神経学的所見はたくさんあります。
瞳孔異常、眼振、眼が関与する反射、眼球運動異常などの大項目があり、それぞれの中にさらに分類があります。

今週のNEJMIMAGES IN CLINICAL MEDICINEコーナーに、

Ping-Pong Gaze"という所見が掲載されていました。


Ping-Pong Gaze - YouTube

 

恥ずかしながら、自分はこれを見たときに、
「あれ?これは眼球彷徨roving eye movementではないのか?」と思ってしまいました。

これらの違いについて調べてみました。

 

実はけっこう有名な所見でした

やはり意識障害時の自発的な眼球運動異常はインパクトがあるためか、多くの医学雑誌でPing-Pong Gazeを呈した症例について扱われていました。

で、roving eye movementとの違いはと言いますと…

これらの定義は、本や文献によって少しずつ異なっていたり、中には、これらは同一のものと扱われていたりする場合もありました。(その理由は後述)

Roving eye movementとPing-Pong Gazeの違い

以下の記載は、意識障害の患者を診る上でのバイブルとされているPlum and Posner's Diagnosis of Stupor and Coma 4th editionからの引用です。

 

Roving eye movementについては、

slow, random deviations of eye position

だとか、

predominantly horizontal although some vertical movements may also occur

という記載がなされており、

ゆっくりとした水平性の眼球運動(垂直性の場合もあり得る)で、どちらの方向に向かって動くかはランダムである

ということですね。

 

Ping-Pong Gazeについては、

A variant of roving eye movements

だとか、

repetitive, rhythmic, and conjugate horizontal eye movement

だとか、

the eyes move conjugately to the extremes of gaze, hold the position for 2 to 3seconds, and then rotate back again

という記載がなされています。

つまり、Ping-Pong Gazeはroving eye movementの亜型で、

水平性の共同眼球運動で、眼球は目いっぱい端の方まで動いた後、そこで2,3秒停止して、また反対に向かって動くという運動が、周期的繰り返される。

ということですね。

「百聞は一見に如かず」と言うことで、実際にそれぞれの動画を見てみましょう。

 

roving eye movement from Clin Case Rep. 2015; 3: 335-6.

f:id:Neurogeneralist:20150627005715p:plain

 

Ping-Pong Gaze from JAMA Neurol. 2014; 71: 1450.


Ping-Pong Gaze - YouTube

 

どちらも水平性の自発性眼球運動ですが、

確かにPing-Pong Gazeの方が、なめらかで、規則的で、振幅の大きな眼球運動な印象を受けます。(速度に関してはあまり差がなさそうな気もしますが…)

 

これらの区別に意味はあるのか?

これらの眼球運動異常は、確かに、所見としては、それぞれの違いがあるということがわかりました。

それでは、これらの所見が意味するものはいったい何でしょうか?それぞれで違うのでしょうか?

再度、 Plum and Posner's Diagnosis of Stupor and Comaに戻ってみましょう。

まず、roving eye movementは、代謝性脳症(全般)で見られるようです。

昏睡が深くなると消失してしまうことや、深昏睡からの回復過程で見られることから、脳幹が障害されていない(少なくとも障害は軽度である)ことを示していると考えられています。

f:id:Neurogeneralist:20150627015723p:plain

 

 

一方、Ping-Pong Gazeは…

当初は両側大脳皮質の広範な障害脳幹の障害時に見られると報告されてきたようですが、今は、これらも代謝性脳症で見られることの方が多いと考えられているようです。

つまり、示す異常はroving eye movementもPing-Pong Gazeも同じ場合が多く、これらを厳密に区別しても判断や行動は変わらないということになります。

 

これが、roving eye movementとPing-Pong Gazeの区別を重視しない人もいるという理由なのかもしれません。

症候としては興味深いものかもしれないけれども、それが示すものが大きく変わらないのであれば区別する必要がないと合理的に考えるのも無理はないですね。

 

筆者は、こういったほんの小さな差を、入念な観察によって見分けてきた先達たちの思いに応えるためにも、これらが示す結果が違わなかろうが、区別していきたいなと思いました。

 

Take Home Message

✓意識障害下では、roving eye movementとPing-Pong Gazeという異常眼球運動を呈することがある!

✓これらを示すのは主に代謝性脳症である!(これらの所見で鑑別は不可能!)

✓これらの所見は、(特にroving eye movementで)脳幹が高度な障害を受けていないことを示している!

 

 

参考文献
  • Plum and Posner's Diagnosis of Stupor and Coma. 4th edition.

"Ping-Pong Gaze"について

  • N Engl J Med. 2015; 372: e34.
  • JAMA Neurol. 2014; 71: 1450.
  • Neurology. 2004; 63: 1537-8.

"roving eye movement"について

  • Clin Case Rep. 2015; 3: 335-6. 
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